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僕と古道と電波な歌

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旅に出れば、自分を見つめなおせる

使い古された言葉を信じて、ひとり車を走らせる。行き先は「紀伊山地の霊場と参詣道」、いわゆる世界遺産だ。道中の語り相手は、さしずめ自分自身か。

迷いがない、と言えば嘘になる。けれど、生き急いだり、人生に絶望していた訳でもない。日々の生活に追われた閉塞感。「なんとなく」だけれど息苦しい毎日。そういった気分を払い飛ばしたかった。忘れたかった。

吉野の山を見るにつれ、気分も高ぶってくる。
途中立ち寄った道の駅では「ひのきの棒」が売っている。「用途は自由」と書いている。秋葉原では3ゴールドで売っているそうだが、こちらは100円から購入可能だ。その代わり、装飾品は何もない。旅にお供にと、護身用になりそうなのを一本購入して振ってみる。
軽い。後は、「たびびとの服」でも買って来ようか。

道の駅で昼食をとった後、再び車を走らせる。
1時間ほどすると、吉野郡は天川村に到着した。ここは名水の里でもある。4箇所ほど水が汲める場所があるのだが、現在はほとんど有料になっているそうだ。そのうちの一つに立ち寄り、天然の水を汲みに行く。駐車料金を払って天然水を汲むところなのだが、ペットボトル2杯までならタダで良いよ、と管理人のおばちゃんがまけてくれる。水を汲み、暑さにやられた喉も潤す。
ありがとう、おばちゃん。

天川村を離れてさらに2時間。目的地の一つである大台ケ原へ到着。

曇天の空と、白樺の林が迎えてくれる。大台ケ原と言えば、日本一雨が降るところでも有名で、この日もご多分に漏れず、近づくにつれ、雨が降り出していた。大台ケ原ではハイキングコースがいくつかに別れている。初心者用を歩いてみようとしたのだが、雷雨により諦める。無念。

降り続いていた雨がやむ。空は晴れない。むっとした空気があたりを覆っている。それでも高地のおかげで、涼しい一時を過ごすことができた。

旅から離れて電波な曲を

二日目は熊野大社へ向かう。早々に止まっていた宿を引払い、新たな気持ちで車に乗り込む。すると、赤地のジャケットのCDが目に付いた。

「マジカルちょーだいっ」

そうだ、旅行の前に友人から貰ったんだ。旅のお供に楽しいぞって。
 とりあえず、聴いてみるか。

アニメ「まじかるカナン」のオープニング。
アマゾンのレビュー通りの面白い曲です。

元気な掛け声と共に、甘ったるい声が流れてくる。
こ、これは車内で跳べと言うのか?
「ひとり旅は楽しいか?」というメッセージなのか。

――ああ、面白いよ。ありがとな。
友へ向かってひとりごちた。

CDの歌手名を見ると、宮崎羽衣と書いている。なるほど、「はごろも」と書いて「うい」と読むのか。声と一緒で可愛い名前だな。

この一ヶ月後、宮崎羽衣にハマった男がいた。

祈りと再生の道、熊野古道

道中、海を見ては喜び、山中で電波ソングを流しつつ、煩悩全開で熊野本宮大社へ車を走らせる。やがて熊野本宮大社に到着。石段が待ち構え、うっそうとした森林の奥には「蘇る日本」と書いた垂れ幕が翩翻(へんぽん)とひるがえっていた。

本宮へと続く脇道には、「祈りの道」と名づけられた古道がある。恐らく、熊野古道の中でも最も短い道だろう、100メートル程しかない。

紀伊山脈・ど真ん中

山は分け入れば深く、谷も覗いてみれば、深い。
古来、修験道を極めようとした者達がいた。紀伊の道なき道を行き、熊野の総本宮に、または霊場である大峰山にたどり着こうとした。

千年前の求道者たちは、旅の末に、探したものが見つかったのだろうか? 今の俺は何を捜し求めているのだろうか? これからの自分の未来か? それは見つけられるものなのか?

現実から逃れたはずなのに、考え出すと再び現実が舞い戻る。
祈りと再生。ふと、キャッチコピーであるかの言葉を思い出した。

自分の周りを取り巻く閉塞感を打破し、再生するのは、他ならない自分しかできない。 祈るだけならば、十分やってきた。今度来る時には、「蘇る日本」の旗印のように、胸をはって、自分に自信を持ってくることができるだろうか。

そうだよな、できるよな。

帰りには、もう一度「マジカルちょーだいっ」を流して行こう。
「いくよーっ!」「はぁーい!」
ハンドルを握り締める力が湧いてきた。

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